美食家ごっこ 〜蕎麦編〜

日本人ほど麺好きな民族が他にいるだろうか。
蕎麦、うどん、そうめん、冷麦、ラーメン、スパゲッティ、さらにはビーフンにフォーなど、麺と分類されるものは何でも食べる。無節操な感もあるが、逆にそれだけ麺に対する執着心が強いことを表している。日本人のソウルフードと言っていい。



俺はとにかく蕎麦が好きだ。
週に1度は必ず食べる。それも2人前、3人前は平気で食う。
店の蕎麦と、家で自分で茹でた蕎麦を食べ比べると、歴然の差がある。市販のつゆは言うに及ばず、蕎麦自体も全然違うので一概に比較するのは無理というものだが、それを差し引いてもやはり茹で方で相当に違いが出るのだろう、総てにおいて物足りない。そのうち我慢できなくなって自分で蕎麦打つようになり、将来海外出張することになったら米でなく蕎麦粉持って行くかもしれない、それぐらい蕎麦が好きだ。



蕎麦を大別すると更科そばと田舎そばに分類される。
一番粉を使った白い蕎麦が更科そばで、挽きぐるみ粉を使った黒い蕎麦が田舎そばだ。
もちろん俺はどっちも好きだが、どちらかと言えば田舎そばの方を好む。いかにも「蕎麦食ってます」という感じの味と香り、あれが良い。



蕎麦屋に行き始めた頃は、天ざるや丼物とのセットを注文していたが、今はもっぱら普通のざるそばだ。たまに山菜そばも食べる。とにかくシンプルなものが良い。
温かい蕎麦も美味いが、香りや喉越しを楽しむならやはり冷たい蕎麦に限る。


冷たい蕎麦を頼むと、どこの店へ行っても薬味に刻みネギとわさびが出る。
客の嗜好に合わせてお好みでお使い下さいという意図だろうが、貧乏性の俺は“出された物は全部食う”というポリシーがあるため、出された以上は全部使わないと気が済まない。
本当に美味い蕎麦なら薬味など必要ないのだが、こればかりは仕方ない。


ただ、初めの一口だけは絶対に薬味を使わないというのが俺のこだわりだ。
一口分の蕎麦をたっぷりとつゆに浸し、いささかオーバーアクションなくらい豪快に吸い込む。啜るのではなく、吸い込む。その瞬間、つゆの旨みと蕎麦の香りが口いっぱいに広がり、そして鼻へ抜けてゆく。この一口目が至福なのだ。
それ以降は、ネギを入れたり、わさびをつけたり、また何もつけなかったりしながら存分に楽しむ。
このとき重要なのは、わさびをつゆに溶かしてしまわないこと。わさびの辛さと風味が抜けてしまい、つゆも濁る。中途半端なわさび味のつゆで最後まで食べる羽目になり、挙句最後に蕎麦湯で薄めて飲んだ時に、溶け残ったわさびの塊で予想外のダメージを受けることになる。これは失敗だ。


ひとしきり堪能した後に蕎麦湯が登場するので、これで残ったつゆと蕎麦の旨みを飲み尽くし、おもむろに一息ついてフィニッシュ。ふう。
蕎麦食いたくなってきた。



今まで食った中で特に衝撃の大きかった店は2店。
1つめは、札幌の定山渓にある1日50食限定の店。
蕎麦は田舎そばで、大変に旨い。+150円で大盛りになるとあるが、大盛りどころか倍になる。コストパフォーマンス◎。
店自体は野菜天そばが人気らしいが、かなり脂っこく、若干重い。俺はざるそばや山菜そばの方がよっぽど旨いと思う。


2つめは・・・忘れもしない、東京日本橋にある老舗の名店。
更科系の蕎麦で、やはり抜群に旨い。しかし特筆すべきはその少なさ。ざるに関しては誇張抜きで2口分しかない。
ちなみにこの店、もりそば、ざるそば、かけそば以外のメニューは軒並み4桁。俺が頼んだ天ざるは1,500円だった。蕎麦もかき揚げも素晴らしい旨さだったが、いかんせん量が少なすぎる。5分で完食ってあんまりだろ。
但し、それをカバーするかのように蕎麦湯は並の店の3倍出る。お腹タプタプ。


いつかあの店で腹いっぱい蕎麦食ってみたい。ささやかな夢だ。